2021年3月14日 「真理の光」

礼拝全体の様子をYouTubeで観る 説教あらすじ 「真理の光」 (14/03/2021) [マルコ 4:21~23] ◆『明かり』とは?   ・「明かりを持って来る」のは誰か? ― 『世の光』であるキリスト。では『明かり』とは? ⇒ はっきり見えていないものを照らして悟らせるもの = 「神の国の真理」+「真理であるキリスト」。   ・まずこの『真理』を受け取り、その『真理の光』によって物事を見る時に、新しい世界が見えてくる。 ◆『神の国の真理』   ①天地を造られた唯一まことの神がおられ、私たちを愛しておられる。   ②人は自分勝手な「罪の心」の故に、この神が分からず、その愛も体験できない。   ③キリストは、神と私たちを結ぶ道として来られ、私たちが悔い改めて神の許に立ち返ることを求めておられる。   ④私たちが神との個人的な愛の関係に結ばれる時、自分が何者であり、世がどのような場所であり、また神が 私たち1人1人を通して、どのように『キリストの光』を輝かせようとしておられるのかが見えてくる。   ・「人生の意味が分からない」、「自分の目標が定まらない」のは、この『光』が何か別のものでさえぎられているから。その「さえぎるもの」を見つけ、取り除いて行く。(「自分の力」によってではなく、『神の恵み』によって) ✰今日のキーワード:『光』を輝かせる ◎更に深い学びのために  ①このたとえで言われている『明かり』とは何でしょう? また「燭台の上に置く」とは、どんな意味でしょう?  ②私たち1人1人に与えられている『明かり』は、どんなことによってさえぎられてしまうことがあると思いますか?  ③私たちの人生の中で「真理を知ること」によって明らかにされるものには、どんなものがあると思いますか? Outline of the sermon      “The light of the truth.”     (14/03/2021) [Mark 4:21~23] Read more

(429) “神は人に仰せられた。「生めよ。増えよ。地に満ちよ。」”

神は全宇宙をお造りになり、また私たち人間を「ご自身のかたちとして」お造りになりました。ということはつまり、私たちには生まれつき『創造的思考』が備えられているわけです。神はご自身の「天地創造のみわざ」を6日間で完成され、あとのことは私たち人間にお任せになられました。いわば神はこう言っておられるのです。「子よ。私はあなたがこの地上で豊かな人生を送り、またこの世をすべての良きもので満たすために必要なものすべてを、あなたのために備えておいた。私が完成したすべてのものを正しく有効に用いて、あなたに与えた『わたしの似姿(創造性)』を大いに発揮するがよい!」 神は羊や綿花をお造りになりました。人はそれらを用いて羊毛や木綿を作り出し、素敵なファッションを創造しました。神は牛やヤギをお造りになりました。人はそれらの乳を用いてチーズや石鹸などを作り出しました。「生めよ。増えよ。地に満ちよ。」とは、単に「たくさん子供を産んで増え広がりなさい」という意味だけではなく、「神が備えてくださっているものをフル活用して、初めからあった状態よりも拡大・向上させなさい」という指示が含まれているのです。そして、それを実践するためにはどうしても、神から与えられている『創造性』を発揮させなければならないです。 アインシュタインは「創作力は知識に優る」と言いました。人間は「知識を溜め込む」以上の存在です。獲得した知識を使って周囲の世界を、自分が生まれた時以上に『より良いもの』とすることができる存在として、私たちは生まれてきたのです。あなたが何者であろうと、どこに住んでいようと、何をしていようと、神はあなたが与えられている『創造性』を駆使して神の栄光を現し、また人々を祝福する者であって欲しいと願っておられるのです。

2021年3月7日 「たとえの目的」

礼拝全体の様子をYouTubeで観る 説教あらすじ 「たとえの目的」(07/03/2021) [マルコ 4:1~20] ◆『たとえ』で話す理由   ・イエスの周りには様々な思惑をもって集まった群衆がいた。純粋に「神の国の真理を求める者」だけではなく、食べ物のおこぼれに預かろうとする者、隙を見てイエスを陥れようとする者もいた。そのような中でイエスは「本気で聞こうとしている者」だけが『神の国の真理』に至ることができるようにと、敢えて『たとえ』を用いた。   ・イエスの近くにいた人たちだけが『解き明かし』を聞くことができた。これは「えこひいき」なわけではなく、いわば「教会に来ている人たちだけが、みことばの解き明かしを聞く機会がある」というのと同じ。神が人を選り好みしているわけではなく、人々の側が「神に対する誤った態度」の故に機会を逸している。[ヤコブ4:8] ◆自分はどんな『土地』か?   ・このたとえ話には『種』と「4種類の土地」が出てくる。『種』は「みことば」、つまり『種』は完全に良いものである。しかし『土地』、すなわち「みことばを聞く私たちの態度」によって差が生じる。この後更に3つの『たとえ』が続く。その導入としてイエスはこの「種蒔きのたとえ」を語ることで、私たちに「自分はどんな土地か」を吟味させようとしたに違いない。神はいつでも『良い種』を蒔いてくださっている。『良い土地』になり、『良い実』を結んで行こう! ✰今日のキーワード:聞く耳 ◎更に深い学びのために  ①イエスは何故『たとえ』を用いたのでしょう? また『たとえ』はあなたの「聞く態度」にどんな影響を与えますか?  ②教会に来て「みことばの解き明かし」や「バイブルスタディ」に参加することは、どんな益をもたらしますか?  ③これらの『4種類の土地』について考えてみましょう。どのようにして『良い地』に変えられて行けるでしょう? Outline of the sermon      “Why parables?”     (07/03/2021) [Mark 4:1~20] ◆How do “parables” work?   ・Jesus was always surrounded by lots of variety Read more

(428) “それぞれ、自分のことだけでなく、ほかの人のことも顧みなさい。”

『不動の信念』を持つことは多くの場合困難を乗り越える力となりますが、ある程度どちらでも良いことに関して融通を利かせられない『頑固さ』はしばしば人間関係を壊す原因となります。 どんな人でも、物事をつい「主観的に」見てしまうものです。ですから誰かから「キミ、それはちょっとおかしいんじゃない?」と指摘されると、「そんなことはない!そんな風に考えるそっちこそおかしい!」とガードを固くしてしまう傾向があります。でも、何も「いつも自分が正しくなければならない」わけではありません。大切なことは「自分がいつも正しいこと」ではなく、「自分が間違っていた時にそれを素直に認める謙遜な態度と、相手が間違っていた時にそれを責めることなく受け入れ、一緒に正しい道へ進んで行こうとする寛大な心」を身に着けて行くことです。 私たちは皆いくつになっても『発展途上』です。ならばいつでも「変化と向上」に対してオープンでいなければなりません。人は1人で生きて行くことはできません。より多くの人たちと「共に」生きて行くためには、より大きな「考え方の違い」を受け入れ合っていく必要があります。人の成長とは、「自分ひとりで何でもできるようになって行くこと」ではなく、「より多くの『タイプの違った人々』と一緒に歩んで行くことができるようになること」なのです。

2021年2月28日 「神の家族」

礼拝全体の様子をYouTubeで観る 説教あらすじ 「神の家族」 (28/02/2021) [マルコ 3:31~35] ◆『肉の家族』と『神の家族』   ・この箇所は決して血縁関係を否定しているわけではない。肉の家族関係の中にももちろん神の摂理がある。しかし肉によって生まれる以前に、私たちは既に「神によって造られた存在」。そしてキリストを通して「新しく生まれた者」は、肉の家族を超えた「神によって生み出された家族」である。[ヨハネ1:12-13]   ・イエスは肉においては「ヨセフとマリアの子」として生まれたが、『神の子』としての自覚を持ってからは天涯孤独だった。そんなイエスにとって、神を自分の父として慕うようになった私たちは「心を許せる家族」となった。 ◆キリストを通しての人々との関係   ・教会における人間関係は、単なる「共通の価値観を持つ人のサークル」ではない。「キリストを通して神の子とされた『神の家族』」である。それは「キリストの故に互いがかけがえのない存在」とされた、切っても切れない関係。そしてこのような関係は、1人1人の『キリストとの親しい交わり』なしには起こり得ない。「神の家族同士の親しさ」は、それぞれの「キリストとの個人的なつながりの深さ」を反映する。 ✰今日のキーワード:キリストにある『家族』 ◎更に深い学びのために  ①「『肉の家族』以上に『神の家族』の関係が深い」と感じた経験があれば分かち合いましょう。  ②「他のクリスチャンとの関係」が『自分とキリストとの関係』と深い関わりがあると感じるのは、どんな時ですか?  ③JCFが『神の家族』として更に成長して行くために、あなたにはどんなことができますか? Outline of the sermon      “God’s family.”     (28/02/2021) [Mark 3:31~35] ◆“Family of flesh” vs “Family of God”.   ・It is God who planned you Read more

(427) “夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。”

誰でも痛いのは嫌いですよね?どこかをぶつけて泣いている子供に母親が「痛いの、痛いの、飛んでけ~!」とやっている光景を、誰でも見たことがあるのではないでしょうか? ところが実際には、人生において『痛み』というものは、私たちの回復や成長のために不可欠なものなのです。考えてみてください。もし体のどこかが怪我や病気で蝕まれていたとしても、『痛み』を感じることがなければ体の異常に気付くことはありません。またその『痛み』を無視して無理を続けたとしたら、命を縮める結果にもなり得るのです。『痛み』は私たちに問題を自覚させ、適切な対処へと導いてくれます。神はその『痛み』が私たちの人生に訪れることを許されたのですから、そこには必ず「特別な目的」があるはずなのです。 興味深いことに、『痛み』というものは「抵抗しようとすればするほど激しくなる」という特徴があります。妊婦さんのお産の時に助産婦さんがよくするアドバイスは、「もっと力を抜いて」「リラックスして」です。陣痛を意識しすぎて恐れたり抵抗したりすると、かえって実際よりも痛みを強く感じて逃げ腰になり、結局お産も長引いてしまうのです。 では、どうしたら良いのでしょう?人生に『痛み(困難)』が生じた時は、無理にそれに抵抗しようとするのではなく、「神はこの『痛み』を通して、きっと私の人生において良いものを生み出そうとしておられる」と信じて、心配することなく落ち着いて対処するのです。神様は必ずその『痛み』の向こう側に、私たちがそれまで体験したことのない喜びや満足感を用意してくださっていますから。

2021年2月14日 「人の基準と神の基準」

礼拝全体の様子をYouTubeで観る 説教あらすじ 「人の基準と神の基準」       (14/02/2021) [マルコ 3:20~30] ◆人の基準 [20~22節] ― 『家』は恐らく、1章29節にも出てきた「シモンとアンデレの家」。  ・「イエスの身内の者」にしても、「律法学者たち」にしても、イエスに関する評価は「自分が不利益をこうむりたくない」という『自己防衛』から出ていた。一方イエスはそのようなことを恐れず、常に『神の国の真理』を証しすることにフォーカスを置いていた。[Ⅱコリント13:8] ◆神の基準[28~30節] ― この28節は驚くべきことば!  ・例えば「神様のバカヤロー!」と叫んだとしても、神はそのようなことを気になさるお方ではない。  ・「聖霊を冒瀆する」とは、特定の行為ではない。聖霊は人々の内側に働きかけ、「周囲で起こっていること」や「心に思い浮かんだこと」が『神からのものかどうか』(別の言葉で言うなら、『真理』かどうか)を見極めさせようとする。それは私たちが『信仰』によって常に『真理』を選択し、日々神に近づくように招くため。  ・「聖霊を冒瀆する」とは、この『聖霊が示す真理』に意識的に逆らうこと。[へブル10:28-29] 人が悔い改めることなく、敢えて「神に逆らう選択」を続けるなら、その人は「自分の選択の結果」として『滅び』に向かうことになる。 ✰今日のキーワード:『捨て身』で従う ◎学びを深めるための質問  ①『自己防衛』のために、正しい道を知っていながら別の道を選んで後悔した経験があれば分かち合いましょう。  ②「どれほど神を冒瀆することを言っても赦される」のは何故だと思いますか?  ③「聖霊を冒瀆する者」とならないために、私たちが心に刻んでおくべきことは、一体どんなことでしょうか? Outline of the sermon    “Criterion of man and God.”   (14/02/2021) [Mark 3:20~30] ◆Human criterion. [Verses 20-22] ― From Mark Read more

(426) “神は私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられました。”

『養子縁組』というものがありますよね。今はどうなのか定かではありませんが、ひと昔前までは『養子』というものは「もらわれっ子」と呼ばれて、よくいじめの対象になったものです。でもよく考えてみると、『養子』というものは、子供を持つことを望んでいた夫婦が子供に恵まれず、自らが探して、いくつかの選択肢の中から選んで自分の子供とするわけですから、選ばれた側の子供からすれば、「もらわれっ子」というレッテルどころか、『愛され、選ばれた者』という素晴らしい尊厳を持つべき存在ではないでしょうか? イエス・キリストを自分の救い主と信じた瞬間から、私たちは『神の子ども』とされる、と聖書は約束しています。更に聖書は「神は私たち1人1人を愛をもって選んでくださった」とも言っているのです。これは『養子縁組』と少し似ていますが、むしろそれ以上のことです。神は人間の親とは違って、私たちの隠れた欠点や弱さも全てご存知の上で、それでも私たちを愛し受け入れ、しかもご自身のひとり子イエス・キリストのいのちの代価によって私たちを罪と滅びの淵から救い出してくださったのです。ですから仮に私たちがどんなに「思惑と違った、期待外れで出来が悪い子」であったとしても、神は決して私たちにあきれ果てたり見捨てたりすることはありません。神があなたに期待することは、品行方正になることでも、「自分はそんな立派な者ではないのに…」などと卑屈になることでもなく、ただ『神に選ばれた子供』としての自覚と尊厳とをもって、平安と喜びに満ちて生きることなのです。

2021年2月7日 「『選び』ということ」

礼拝全体の様子をYouTubeで観る 説教あらすじ 「『選び』ということ」       (07/02/2021) [マルコ 3:13~19] ◆『選び』ということ [13~15節] ― ルカによると、イエスは前夜徹夜で祈りの時を持った。[ルカ6:12-13]  ・聖書に見られる「神の選び」に関して、特に「選ばれた理由」を自分の中に捜す必要はない。アブラハムとその子孫(ユダヤ民族)は『全世界の祝福の基』として選ばれたが、バプテスマのヨハネは「神は石ころからでも『アブラハムの子孫』を起こすことができる」と言った。大切なのは「選ばれたこと自体」よりも「その目的」を理解すること。  ・イエスは12使徒を「ご自分のそばに置くため」に選ばれた。それは『宣教や霊的戦い』のために整えるため。「神のわざ」のために遣わされる前に、私たちがそれらのわざを『キリストの心』で行えるよう整えられる必要がある。 ◆イエスの態度 [16~19節]  ・イエスと出会うことによって「新しい名」を与えられた弟子たちがいた。ペテロは「揺れ動く葦」から「堅固な岩」に変えられ、「『雷』のように怒りっぽかった」ヨハネは『愛の使徒』と呼ばれる者へと変えられた。  ・「イエスと出会うと変われる」というよりも、「イエスを通して『創造主なる神』との交わりの中で『神のかたちを帯びた本来の姿』へと回復されて行く」ということ。私たちはそのように変えられて、キリストと共に遣わされて行く。 ✰今日のキーワード:『祝福の基』となる ◎学びを深めるための質問  ①神が「特定の人を選ぶ」のは『えこひいき』でしょうか? そうでないとすれば、どうしてそう言えるのでしょうか?  ②イエスが、ご自分がお選びになった人々を「みそばに置かれた」のは何故だと思いますか?  ③「キリストと出会ってから変わってきた」と思える点はありますか? 『傾向性』で言えば、どのような点ですか? Outline of the sermon    “What does ‘appointed’ mean?”   (07/02/2021) [Mark 3:13~19] ◆“Be appointed”. [Verses 13-15] ― According to Luke’s Read more