(665) “神は私たちの心よりも大きな方であり、すべてをご存知だからです。”

 ほとんどの人は「善意をもって正しく歩みたい」と思っているのではないかと思います。と同時に「本当はもっと正しく優しく生きたいのに、なかなかそれが思うように実践できない」というジレンマを感じておられるのではないでしょうか?一体なぜ私たちは自分が願っているような「正しく優しい人生」を生きられないのでしょう?恐らく2つくらいの理由があると思います。  1つ目は、私たちの『弱さ』です。「根本的な『自己中心性』」と言っても良いかもしれません。「今日から正しく生きよう!」と決心したとしても、忙しかったり、疲れてしまっていたり、「これくらいなら…」と、つい魔がさしてしまい、本来願っていた生き方からズレたことをしてしまうわけです。  もう1つは、そもそも私たちの『良心』が間違っていることがあるからです。私たちは知らず知らずのうちに「自分の良心」というものを「善悪を判断する絶対的な基準」としてしまっていますが、私たちの『良心』は決して「絶対的なもの」ではなく、自分の生い立ち、周囲の情報や価値観などによって微妙に歪められてしまっているのです。ですから「良かれ」と思ってやったことが裏目に出て、かえって他人を傷付けてしまうことがあるのです。  ある人々は(たとえクリスチャンであっても)「自分の良心の声」が『神様からの促し』であると思い込んでいますが、それは大きな勘違いです。聖書は「神は全てをご存知な方で、私たちの『良心』よりも大きい」と教えています。ですから、私たちが願っている「正しい善意に満ちた人生」を歩んで行くためには、「私たちの良心」を超えた『神の助け』が常に必要なのです!  聖書は「人生を正しく歩むための指針を教える道徳規範」ではありません。「神から離れ、本来神が願っておられる生き方ができなくなってしまっている私たち」を、もう1度ご自分との関係を回復し、本来の「神の栄光を輝かせて生きる人生」へと招き寄せるための、いわば神から私たちに向けられた『心の叫び』なのです。