
この天地を造られた神は、全知全能であり、私たちをこよなく愛してくださっている良いお方です。ならばどうしてこの世には『試練』というものが存在するのでしょう?私たちの人生には、つい「神様、あなたが私を愛してくださっているなら、どうしてこんな目に遭わなければならないのですか?」と言いたくなるような出来事がたくさん起こりますよね?そんな時は神様が「ちょっと席を外してしまっている」のでしょうか???
では逆に、私たちの人生が終始「ぬるま湯に浸かったような日々」だったとしたら、どうでしょう?私たちの人格はどのようになって行くでしょうか?恐らく「成長意欲の無い」「互いに助け合う精神の無い」「忍耐のかけらも無い」甘えん坊のような大人になってしまうのではないでしょうか?そして恐らく、神様を求めることもなく、当てもなくさまようような日々を送ってしまうに違いありません。
冒頭に書いたように、私たちの神は、「全知全能であり、私たちをこよなく愛してくださっている良いお方」ですから、私たちの人生に襲ってくる試練や困難は、全て「神がそうなることを許された範囲内」で起こっているのです。すなわち、私たちがそのような試練に遭遇することを通して、神は何か優れた麗しいものを私たちを通して(または「私たちの内に」)生み出そうとしておられるのです。
ですから、試練や困難が襲ってきた時には、「神様どうしてこんなことが?」と愚痴をこぼす代わりに、「神様、あなたはこの出来事を通して、私にどんなことを教えたいと願っておられるのですか?」と問うようにしてみるのが良いのです。
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